カトリック末吉町教会




赤の教会。

今回長崎を離れて赤の教会を紹介するのは、なんとなくと言う理由がもちろん一番なのですが・・・(笑)
何より大浦天主堂のある出来事から繋がる一つの思いが、長崎から遠いこの横浜の地で結実したと言う歴史的な事実があると言うのが理由です。

桜もかなり良い感じだった今年の4月1日、私はいつものように夜勤明けを利用して教会めぐりをしていました。
「カトリック戸部教会」に行った後、近いと言う理由で隣駅にある「カトリック末吉町教会」に向かいました。
予備知識無しで行ったので、まずは入り口に張られているプレートをみてびっくり。
詳しくは写真で見て頂きたいのですが、この「カトリック末吉町教会」こそが、我が日本で最初の日本人のためのカトリック教会だと言うではありませんか!Σヽ(゚Д゚; )ノ
あれ?「大浦天主堂」は?(・ω・ )
と思われる方もいると思うのですが、そこが今回のポイントです。
日本にはキリスト教が禁止されていた時代があります。
その期間何と250年!∑( ̄□ ̄;)
ここら辺前回のカクレキリシタンとか隠れキリシタンとか関係してくるのですがそこら辺はまた今度詳しく。

「大浦天主堂」は、その250年の禁教後に外国人居留地に住む外国人にのみ布教がまず許可された事で建てられました。
布教が許された後長崎に赴任したプティジャン神父は250年の禁教の間も密かに信仰を伝えたカトリック教徒がいるのではないだろうかと言う期待をこめて遠くからも良く見える高台に「大浦天主堂」を建てました。
建設から1年ちょっと、1865年3月17日浦上(長崎市)の住民数名が「大浦天主堂」を訪れました。
お祈りを捧げていたプティジャン神父に、その中の3名の女性が語りかけ、カトリック教徒である事を告白します。
これこそが、カトリックの歴史上有名な東洋の奇蹟「信徒発見」です。
その後も多くの人が迫害に倒れながらも、ついに日本の信徒は信仰の自由を手に入れます。
その裏にはもちろん教皇様・欧米諸国の強力な働きかけがあったと思われます。
その後、長崎の信徒はお金を出し合って、自分達の教会を建てます。
それが「神ノ島カトリック教会」と言われています。
1881年の事です。
なので、私は「神ノ島カトリック教会」が日本人信徒向けで長崎でだけでなく日本で一番古いと思っていました。
そこで、いよいよ横浜の話です。
さて、「大浦天主堂」は実は禁教廃止後の日本で最初の教会ではありません。
それより前に、外国人居留地に住む外国人向けに建てられた教会が一つありました。
それが「横浜天主堂」です。
1862年1月12日に建てられたと言いますから、「大浦天主堂」に先駆けて2年。
この「横浜天主堂」は現存せず、跡地に記念碑が建っているのみです。
横浜は実は長崎と同じぐらい、日本での禁教廃止後のカトリックの歴史が古いんですね。
「横浜天主堂」で「信徒発見」があったと言う話は残っていません。
関東にも隠れキリシタンはいたはずなので、神父に250年の信仰を告白することなくカトリックに戻ってきたのかもしれませんが詳細は言い伝えられていないようです。
なので「カトリック末吉町教会」は、隠れキリシタンよりも「横浜天主堂」を見て、新たにカトリックに目覚めた人々が中心になっておそらく建てられたのでしょう。
個人的な考えですが、横浜と長崎の裕福さに差もあって末吉町の方が一歩早かったのかもしれませんね。
何はともあれ、1874年「神ノ島カトリック教会」に先駆ける事7年。
今回紹介している「カトリック末吉町教会」は我が国最初の日本人信徒の為のカトリック教会として建てられました。
では、この後は当日の話に戻りますヾ(゚ω゚)ノ゛

びっくりした後、いつも通りマリア様を撮影して中に・・・。
そこで眼に飛び込んできたのは、ただただ優しさを含んだ赤色。
その淡い赤色の美しさに心奪われました。
入り口横の階段を昇らせて頂いて、またまた心奪われました。
赤の十字架。
遠い長崎の地で見た青の十字架、それと対を成すであろう赤の十字架はこの横浜の地にありました。
この瞬間に私の中で長崎と横浜が、信仰と言う一つの形で繋がりました。
上に書いた横浜の信仰の歴史はこの日帰った後に調べました。
実はそれまでは「大浦天主堂」が禁教廃止後の日本で最初に建てられた教会だと思っていました・・・「神ノ島カトリック教会」に関しても然りです(*´д`;)

250年の歳月を、一族として信仰を語り継ぐのはとても困難です。
その長い迫害を生き延び、紡ぎあげていった信仰の細くも力強い糸が、「信徒発見」と言う奇蹟をもたらしました。
奇蹟はただ何もしないでいて起きる訳ではありません。
人の思いや行動こそが、後の歴史において大きな奇蹟を生み出す。
そんな奇蹟の形もあるのだと思います。
今回の例のように、遠い長崎の地で起きた奇蹟が、後にこの横浜の地で一つの奇蹟として形となる。
そんな奇蹟のつながりもあるのかなと思います。
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中々書いてる時間がありません(*´д`;)…

次は赤の教会だと言うのに中々時間が・・・(´・ω:;.:...
今日は時間はあったけど別なことをやってしまいました。
赤の教会は週末かなあと(´Д`;)

山田カトリック教会




猫の教会、蝶の教会。

友人との3度目の長崎の旅。
通算4度目の長崎訪問の時に行った山田カトリック教会訪問時の写真です。
信仰の島、生月島。
知ってる人は知っている、カクレキリシタンの島です。
カクレキリシタンにつきましてはまた別の日に書く事にして、まずはこの教会での大切な出会いの話を。

元々、山田カトリック教会がどんな特徴がある教会なのかはネットで調べた時に既に知っていました。
この教会は蝶の羽を何枚も組み合わせた模様で飾られているのです。
詳しくはこちらの「珍寺大道場」さんにて。
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/
それが見たくてこの教会に行く事を決めました。
もちろん事前にカクレキリシタンについて色々調べて、見てみたくなったのもあります。

その日は生月島に着いてまず最初に道の駅に寄りました。
そこで、とても小さな可愛い子猫に出会いました。
捨て猫みたいで凄い人懐こい猫だったんですよね。
後から聞いた話なんですが、生月島には捨て猫が多くて捨て猫に会う事自体はそんなに珍しい事ではないらしいんですよね。
でも、私たちが出会った猫は小さな子猫で、本当にとても痩せ細ってしまっていて放って置いたらそのまま死んでしまいそうな感じでした。
その人懐こさから元々は確実に飼い猫だと思われ、痩せ細り具合から見て一人で生きていくには余りにも弱弱しい子猫でした。
思うところあって、ひとまずご飯をあげて暖かくしてあげておいてから私達は教会に向かいました。
無人の教会でひとまずお祈りをし、目的だった蝶の羽の美しさに感嘆しつつ、やっぱり子猫はここに連れてくるのが良いと感じました。
で、道の駅に戻って子猫を車に一緒に乗せてもう一度教会に向かいました。
先ほど訪問してから15分ぐらいしか経っていないのですが、教会には人の気配が。
車を降りてふと見ると、教会に入ろうとしている純白のシスターの姿が!
この子猫を預けるならこの人しかいない!
そう感じてその純白のシスターを呼び止めさせていただきました。
二人で子猫の話をすると、快く子猫の事を引き受けて頂けました。
凄く優しく子猫を包み込むように抱いて行ってくれた純白のシスターの慈愛に満ちた後姿を今も忘れません・・・。

この奇跡の出来事が、私がキリスト教・カトリックにより一層傾倒するきっかけの一つになったのは間違いありません・・・( ´-`)†
この話には更に後日談があるのですが、それはまたの機会に。
蝶の羽の写真もその2回目の時の方が綺麗に撮れているのでその時に。

奇跡は起きます。誰にでも何度でも。唯それを体験した本人が、些細な偶然と思うか、奇跡と感じる事が出来るかどうかの違いだけなのだと思います。

赤の教会のその前に

長崎の教会をもう一つ書いておかなければいけませんでした。
次は深い信仰の島に・・・。

田平天主堂[田平カトリック教会]




日本の田園風景に溶け込む教会。
長崎の教会と言うものを、象徴的に表す畑の中に聳え立つ巨大な大聖堂。

こんな風景の中で眠ることが出来る、この教会のお墓に眠ることが出来る方達がとてもうらやましく思える、そんな素敵な教会でした。

次からはしばらく長崎を離れて・・・まずは赤の教会を。

って、NHKが廃墟特集を!Σr(‘Д‘n)
軍艦島はやはり余りにも素晴らし過ぎますね・・・。
私はここでもまた奇跡を体験しました。
その話と写真も後々公開しようかなと思います。

作ることと壊すことしか脳の無い人々の時代はもうとっくに終わっています。
とても大きな価値のある、大切な廃墟を壊そうとする人々は早いところこの世界から消えて頂きたいと心底思います(´∀`*)(笑)

時代は既に、残すことと感じることの出来る私たちの時代なのです・・・。

ひとまずはお気に入りに書いた

教会の紹介から先に。
赤の教会の前に次は田平を・・・。

紐差カトリック教会




青の教会。

友人との3度目の長崎の旅。
通算4度目の長崎訪問の時に行った紐差カトリック教会。
その教会はただただ静かで青い場所でした。

1年半後、私は赤の教会に出会います。
それは長崎から遠く、横浜の地にありました。

浦上天主堂の写真が~

大浦天主堂と同じ理由でありません(*´д`;)…
また今度紹介したいところです。
と言う訳で、次は紐差で。

昨日夢の中に




出て来た、自宅近くの奇妙な地下街に行ってきました。
帰りに見た夕陽がとても綺麗でしたので多分合ってたんですかね、今日の行動は。
夕陽は、本来人間の生活のサイクルの中では毎日見るのが当たり前のものだったわけでしょうけれども。
朝陽や夕陽を見るのが当たり前の生活サイクルになって生きたいものです。
逢魔時、1日のうちで何かが起こるならこれほどふさわしい時間も無いですね。

今日は地下街自体は写真に撮っていないので、以前行った時の写真と今日の散策で撮った地下街以外の写真でも。

さて、今夜はスターズ・オン・アイスでも観ましょう~ヽ(´ー`)ノ

大浦天主堂



私にとっての長崎の原点。

もう10年以上前、記憶にも写真にもほとんど残っていないのですが、私は社員旅行と言う偶然から長崎を訪問しました。
その時のメインは会社の意向によりハウステンボスだったのですが、長崎で最初に訪れた場所がここでした。
その頃の私はまだ教会好きに目覚めてなくて、そのせいでほとんど記憶にも残っていません。

とは言え、2度目の友人との旅の時にもここは原点でした。
2泊3日でしたが毎日行った覚えがあります(笑)

言わずと知れた国宝、日本で恐らくは最も有名な教会。
これからも多くの人々にとっての長崎の原点であり続けるのでしょう。

純白の日本之聖母に白薔薇を、彼の島への手向けと共に・・・。

ていうかですね、写真が3度目と4度目で1枚ずつしかありません・・・。
2度目で撮りまくって満足してしまったせいか3度目と4度目で撮ってない!
羅典神学校も2度目で撮ってるので2度目の写真のデータ(写真そのものは何枚か手元にあります)を友人から受け取ったらまた書きたいと思います(苦笑)

次は

長崎の原点、大浦天主堂ですかね~。

崎津天主堂[カトリック崎津教会]




奇跡は起きます。誰にでも何度でも。これ私の持論。

小さな漁村の中心に立つ、美しい教会。
ネットで崎津天主堂の写真を初めて見たとき、その完璧なまでの美しい構図に一瞬で心を奪われました。
『ここに行ってみたい』その強力な思いに突き動かされるままに、友人との長崎旅行に半ば強引ながら組み込んでもらいました。
2泊3日で鹿児島から長崎まで天草を経由して九州縦断。
無茶な旅でした(笑)
いつもそういう無茶な旅に一緒に行ってもらえる友人には本当に感謝です。わーい(嬉しい顔)

ここで、私は奇跡を体験しました。
この日は降ったり止んだり、天気雨になったりの天気でした。
天草に上陸してからはずっと雨。
崎津に近づいてもその雨が止む気配は無かったのですが、崎津天主堂に着いた時突然雨が止んで太陽が顔を出したのです。
この後天草の別の教会にも行きましたが、そこでは曇り。
本当にピンポイントに崎津にいる間だけ晴れました。

奇跡は起きます。誰にでも何度でも。唯それを体験した本人が、些細な偶然と思うか、奇跡と感じる事が出来るかどうかの違いだけなのだと思います。

神ノ島カトリック教会




長崎にある神ノ島カトリック教会。
私にとってもっとも大切な教会です。
今までに4回訪問しており、最も多く訪問している教会です。
2008年2月10日に2度目の訪問をしたのですが、その時とても大切な時間をこの教会から頂きました。
この先日本中ひいては世界中の教会を巡って行きたいと思っていますが、多分この教会が生涯私の中で一番大切な存在であり続けると思います。

趣味の教会巡りについて

ブログでも書こうかと思ったのですが、うまくいかないのでひとまずこっちに書いていこうかなと思います。
とりあえずお気に入りの教会を列挙。

・神ノ島カトリック教会
・崎津天主堂
・大浦天主堂
・浦上天主堂
・紐差カトリック教会
・田平天主堂
・山田カトリック教会
・カトリック末吉町教会
・カトリック大磯教会
・カトリック箱根教会
・カトリック片瀬教会
・カトリック大和教会
・カトリック雪ノ下教会
・カトリック清水教会
・カトリック赤羽教会
・カトリック麹町教会
・東京復活大聖堂
・聖路加国際病院聖ルカ礼拝堂
・秦野聖ルカ教会
・殿洞聖堂
・日本基督教団鎌倉教会会堂

まずは神ノ島から・・・。

ちょっと刺激を受けたので

久々に色々やって行く事にします。
プロフィール

雨泉洋悠

Author:雨泉洋悠
この世は光に満ちています。

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